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表現者には責任がある ~私が表現したい世界観は「希望」だけ~


現代では

どんな人でも

大げさに言うと

自分の世界観を表現する場がある。



SNSやインターネットのおかげで

誰でも

自分の世界観を表現できる場がある。



世界観を打ちだそう~という意識がなくても

(FACEBOOKは特に)

正義感ぶった

単なる愚痴のような投稿が眼についたりする。



FACEBOOKは特に

年齢層が高いので

余計に目立つ気がする・・・


そういった投稿も

ひとつの自己PRなので

そういう人なんだ~とわかって

いいと言えばいい。





「万引き家族」という映画が

フランスの映画祭でも評判だということで

流行っていて、

私もその作品を観ました。


世間では流行っていて

良い作品ということで感動した方もいるかもしれない。


しかし

私の感想としては

正直

腹ただしかったのです。


20代の頃は

あういう作品を観て

ある意味

不条理というか、人間くささというか、

不器用な人間の愛情のようなものに

オシャレさを感じて、イキッテイル自分がいました・・・





でも今は

無責任な表現者に腹が立つ気持ちの方が大きいです。


沼地に家を建てて(比喩ですよ)

その中で繰り広げられる愛憎を美しいとは思わなくなりました。


希望がなさぎする・・・みたいな。


21世紀にもなって

希望のない世界なんて

ありえない。




沖縄旅行に行った時

路上パフォーマンスのある団体がいて

子どもたちと主催さんと

楽しくカッコヨク

演目を披露していました。


仕事柄

そういうパフォーマンスには足を止めて

勉強の為に観たりします。


MCもとっても上手ですごいな~良かったな~


と思っていたら

最後になって

なんだかMCの気配が変わってきて・・・



路上パフォーマンスだから無料で観覧していたのですが

最後の最後に

「子どもたちの衣装にお金がかかるのお金を下さい」

とハッキリ

同情を買うような台詞で

「お金を下さい」と言い出して・・・



その場にいた旅行者たちは

お金を出さないと気まずいカンジになって

千円札をみなさん出していました・・・



それだったら

最初から

「投げ銭路上パフォーマンス」と、看板を立てないといけないと私は思って

興ざめしました。


後から言うのはかなり卑怯な作戦

しかも

子どもを使うなんて。


感動が薄れました。


これも

表現者の責任で

そういう世界観でやっていく、と決めてやっているのなら

仕方ないけれど。


「財布のひもの緩んでいる旅行者相手に資金集め」という

作戦が

私としては好きじゃない。



最初から

ギターケース置いとけよ!!みたいな。




無意識でやってしまうことでも

観てる人に自分がどううつるか・・・


そこは

コントロールしたほうがいいと私は思う。


私がフラメンコレッスンで1番大事にしていることかもしれません。





どんな世界観でもいいけれど

自分という存在は

何かを表現しながら生きている、という意識。


私個人としては

表現する世界観は

ひたすら希望でありたい。


私という存在はちっぽけだけれど

人生を重ねることは

楽しいことで

希望に満ちあふれている。


生きれば生きるほど

楽しい発見がある、ということ。

ひたすら「希望」を表現したい。




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